【インタビュー】奥山清行さん(工業デザイナー)

   奥山清行 / KEN OKUYAMA (1959年~)
山形県山形市出身
武蔵野美術大学造形学部視覚伝達デザイン学科卒業後、
アメリカ合衆国アートセンター・カレッジ・オブ・デザイン入学、卒業
カー・デザイナーとして、ゼネラルモータース、ポルシェ、ピニンファリーナにて様々なモデルを手がけた。
2006年ピニンファリーナ退社
2007年KEN OKUYAMA DESIGNを設立
現在では、カーデザインの領域に囚われずに、メガネや人間型ロボットなど様々なモノのデザインを手がけている。

 

イタリア人以外で初めてフェラーリをデザインしたことでも知られる KEN OKUYAMAこと、奥山清行さん。
彼の起こした山形カロッツェリアは、商品の企画から製造、販売まで、山形県の優れた資源と職人の技術をひとつに、カロッツェリア型ものづくりを、新しい視点から追い求めています。
現在も世界を股にかけ活躍する彼は、山形という地にどんな想いを持っているのか伺いました。

山形を世界へ伝えるきっかけ

櫻井―山形工房というブランドを拝見して、奥山さんがなぜ世界でカーデザイナーとして活躍していた中で、山形の伝統工芸品に興味をもたれたのか気になったのですが、山形を世界に発信しようと思ったきっかけはなんですか?

YAMAGATAKOUBOU

世界に通用する山形ブランドの商品を発信してゆく存在

山形工房 YAMAGATAKOUBOU

奥山―山形っていうと、まあ僕も高校を出てから武蔵野美術大学に入ったので、そこからずっと出ているじゃないですか。
最初、東京に出た時にあまりにも山形っていうと、日本の格好悪い田舎の象徴というふうに見られていて、なおかつ山形からいった人たちも、山形をひげしていて、わざと田舎って言うのを悪い意味で強調しているのが嫌だった。
いつか有名になったら、かっこいい山形っていうのを知ってもらって、山形を格好よくしたいと思った。

櫻井―私も埼玉出身で、大学に来るまで東北に来たことがなくて…すごい田舎だと思っていました!!

奥山―山形っていうと、秋田とどっちがうえ?みたいな…山陰地方で島根、鳥取がわからないみたいに。そんな感じだよね。

櫻井―そうですね…お恥ずかしながら。

奥山―山形の人も悪くて…山形から出ていた芸能人は、山形弁を強調したりとか
田舎モノだっていう照れもあって、山形の田舎文化だけを全面に押し出して、いろんな職にしていた。
テレビドラマの「おしん」にしても…それ(山形の田舎文化)ばっかりがでていた。
もちろん、今では田舎暮らしっていうものがいいイメージでとらえられはじめたけれども。

櫻井―そうですね!山形に来て、思ったほど田舎じゃないなっていうか、来ないと体感できない良さがいっぱいあることがわかりました。

イタリアから学んだ、世界に通用する山形のかっこよさ。

櫻井―奥山さんの考えるかっこいい山形とはなんですか?

奥山―実は、ものづくりの人間として、イタリアに住んでいて、イタリアの田舎にいくといろんな地場の産業があって、職人さんたちが暗い所ですごくいい仕事をして。世界一の素晴らしいものを作っている。それとおんなじことを山形でやっているんだよね。

山形鋳物もそう。山形鋳物は、南部鉄、南部鋳物と違って独特の特徴がある。
それとか、木工でも、成形合半がすごい得意だったりとか。昔から、タテノヤさんっていって、扉とかドアをつくる日本一の職人さんが山形にはたくさんいて、組子っていう枠の中に木をはめてパターンをつくるのが山形の人はすごく得意。
打ち刃物なんか、生け花に使う剪定ばさみは、昔は95%が山形だったし、
織物や、山辺のメリヤスとかニット、世界に誇れる素材がある。

櫻井―私が今日つけているこれ(腕に巻いたミサンガ)も山辺の素材です。

奥山―そうなんだ。みなさん意外と知らないよね。みなさんがちゃんと知らないものを、伝えてあげたいと思った。

櫻井―世界に知られていない。でもいい資源に恵まれている山形に、可能性を感じたんですね!

奥山―そう。その中で副知的にわかったのは、埼玉とかもそうだと思うけど、都心のOLの人たちとか、モノが好きな人達はだれがどうやって、どこで創っていて、物語に興味がある。
いいものだってわかると、影に居る人物像とか、物語を興味をもつ、もっと知りたがっている。
ただ山形に来て、温泉入って、おそば食べて。っていうだけじゃなくて、実際に工房に行ってモノをつくっているのをみたりとか、実際に苦労話を本人から聞いたりとか。
JTBで1回企画して、ものすごい人が来て、好評だったが受け入れ側が大変なので、1回2回で終わってしまった。
だけど、そういう意味では、みなさんすごく、モノの向こうにある暮らぶりとか、モノの向こうにある人とか物語を知りたがっている、それを伝えてあげるのが僕の役目だと思った
最初は、すばらしいモノを創ってそれを伝えることが僕の役割だと思っていたけど、やっているうちにそのものにある物語性とか、地域文化とか人とかモノ以外のモノを伝えてあげないと、と思った。

実は旅行嫌いな奥山さんが考える、ライフスタイルとは?!

櫻井―奥山さんは著作の中で、山形に定住することについて迷っていると書かれていましたが高校卒業以来、山形を出て東京や海外で仕事をしてきた奥山さんにとって、山形での定住はハードルが高い選択なのでしょうか?

奥山―モノの創り手として、いろんな場所を行ったり来たりしていることで得る情報とか、刺激が、モノづくりのひとつの力になる。
だから、ものづくりをやめっちゃったなら、本当は旅行がきらいなんで、ほんと定住したい。

櫻井―えっ?!! 旅行がお嫌いというのは意外です。

奥山―でも、モノづくりの人間としては、昨日もイタリアに2週間居て帰ってきて…行くのに労力はかかるけれど、行くと刺激があって向こうのクライアントとかと話して戻ってくると、そこからエネルギーをもらえる。
モノを創っているかぎりはずっと移動しなくてはいけないんだと思う。

櫻井―わかります。私も家のある埼玉と山形を行き来して得られることや発見があるので、行き来することで私のライフスタイルをつくれているのかな。と思うことがあります。

奥山―マグロが止まったら死んでしまうみたいに、ずっと回遊して動いている魚なんだと思う。

櫻井―いろんな土地を繋げてわかること。外からみなければわからないことがありますね。逆にいうと、山形と東京は行き来できる距離だということですよね。

奥山―そう。定住っていうとすごく重いイメージがある。けど、新幹線だと3時間で東京でしょ。空港はちょっと遠いけど飛行機で1時間。
東京の自宅まで、ドアtoドアで4時間はかからない。埼玉ならもっとかからないよね。

櫻井―そうですね。意外と近いってよく言われます。私も気軽に行き来していますね。

奥山―実は、今の距離でモノを考えるから、どこに住んでいるかっていうのを重く考えがちだけれど、東京駅から八王子まで、3時間かかることだってある。
時間軸で考えると、山形は意外と近い。仙台はもっと近いけど。
定住は、重く考えないで、気楽な気持ちで、田舎生活楽しんでしてみたいな。くらいで住んでもらいたい。
学生じゃない限り生活の糧や、仕事をつくらないといけないけれど、仕事は自分でどうにかしてください(笑)

櫻井―このインタビューもそうですが、5○(ごえん)では、定住という決断には、”仕事”がとても重要になると思い、山形で仕事を創造している方を主に取り上げているんです。
奥山さんは山形で何か事業をはじめる事についてどうお考えですか?

奥山―今は、移住って仕事が終わった人か自分で独立している人になってしまうけれど…
これから会社の在り方っていうのが、どんどん変わってくる。
製造業は工場っていう同じ場所に同じ時間に集まらなくちゃいけないけど
うちの事務所とかはスタジオも来なくていいって言っている。
やること自体が楽しくて、やりがいがあればみんな自分でちゃんとやる。

櫻井―自分がやりたい仕事をやっているということが大切で、場所は関係ないんですね。
東京の方が山形に来ることによって受ける刺激は多いと思います。
田舎暮らしっていうと古臭くて閉じこもっている感じがしてしまいますが、震災後、テレワークが注目されたり、今はワークスタイルの選択の幅が広がっていますね。

奥山―なんだっけ…今は福島で、行けなくなっちゃったけど…男性4人くらいがやってる…

櫻井―DASH村!!

奥山―そう、DASH村みたいな生活をしなくちゃいけないのか、と思ってしまうけれど、
週1で東京のクライアントに会いに行くとしても、往復2万円だしね。
仙台にだってたくさんクライアントがいる。山形だけって考えると限られてしまうけれど福島宮城などの隣県を含めると、かなりの人がいて、情報やモノが動いている。
仕事を創ろうと思えば、いくらだってできる環境。

櫻井―昨日イタリアから帰ってこられたと言うことですが…奥山さんは1か月のうちどのくらい山形にいらっしゃるんですか?

奥山―僕は家族がこっち(山形)に居るから、4年前に日本に帰ってきてからは、土日月曜日は山形。火水木金曜日は東京。
でも東京に居ても、オフィスにはほとんど居なくて、クライアントのオフィスや現場にいる。月に1回アメリカのオフィスに行ったり…普通の月だと山形に居るのは週末3回分くらい…月の1/3かな。
8月だと日本に3日くらいしか居ないし、9月は半分も居ないかな…1年を通して半分は海外にいるから。

櫻井―ご自身のライフスタイルをマグロと例えられるだけあって、かなりの移動距離ですね!!

情報なんて発信しなくていい。地方の生き方

櫻井―山形の素材を世界に売り出していらっしゃいますが、奥山さんは地方の発信力についてどう考えていらっしゃいますか?

奥山―見方を変えると、発信する必要はないと思う。
イタリアに学んだんだけど。一番見ていて気持ちいいと思うのは、そこに住んでいる人が楽しそうだなって、暮らしている暮らしぶりが一番いい。行ってみたいなって思う。

櫻井―たしかに!以前居た埼玉がベットタウンということもあって、埼玉のことをぜんぜん知らないまま過ごしていました。だからなのか、山形の方々の地元愛や愛着という感覚にすごく惹かれています。

奥山―「来てください」って客引きしている姿ではまったくなくて地元に居る人が自然な形で、自分たちの生活を当たり前の形で楽しんでいるのが一番いい。
だから観光で、観光立国や、観光立県など人を呼び込むために、いらっしゃいいらっしゃいってやるより、住んでいる人たちが自分が何をやりたいか。楽しんで、自分のためにやりなさい。それが一番の宣伝なんだよ、って言っている。

蔵王ってあんな綺麗な山があって、あんないい温泉があるのに地元の人は誰も行かない。

櫻井―蔵王の夜景は観に行きます。

奥山―それはボーイフレンドなんかと?

櫻井―友達とです。(笑)

奥山―山形の人って以外と行かないんだよね。
僕なんかオートバイが好きだから、家族が起きる前に、蔵王に行ったり、山寺に行ったりしてる。ペンション村で珈琲飲んだりする。ものすごく四季が綺麗。
6時~8時の2時間ぐらい、山道に入って、バイクで泥だらけになったり。
素晴らしい森を見て、間伐が進んでるな…とか、よくカモシカに会うし、雉をおっかけたりとか…自然の多さって入ってみないとわからない。蛍の里があったりね。すごい綺麗ですよ。

櫻井―あぜ道に?!!すごいですね。

奥山―2時間立ちっぱなしで乗るからくたくた。イタリアで言われている名所も結構あって色々行ったけれど、地元の人はあんまり来ない。

櫻井―秘密の場所ですね。
今までお会いした山形の方は、みなさん土地への愛着があって、その地元愛が山形の方ひとりひとりを観光大使にしているんだなと思いました。
ひとりひとりが土地を好きになることによって、人を惹きつけているんですね。

奥山―そうだね。海外に行くと、色々聞かれるし観光大使にならざるを得ない。
自分が日本の代表になる。

櫻井―海外に行った時に出会った人が、私が地名も知らないようなコアな自分の出身地のいい所を目をキラキラさせて話しているのとか、私聞いていてすごく楽しかったです。
私もそんな場所が持てたらいいなと思います。

奥山―そういう意味では、まだまだもったいない状況だと思う。
外から来る人のためじゃなくて、自分たちのために、自分で楽しんで欲しい。
情報発信っていうのにこだわらないで、自分たちが何が一番やりたいか。自分たちのやりたいことを楽しんで、ふつうに地に足つけて暮らしているっていうのが、人の目からみたら一番の宣伝なんじゃない。情報発信なんじゃないかな。
情報なんて発信しなくていいよ。っていうのが最近感じたこと。

櫻井―サイトのコンセプトとして考えている事が奥山さんの口から出てきたので、びっくりです。背中を押された気持ちになりました(笑)
ありがとうございました。

インタビューを終えて

今回のインタビューでは、奥山さんからここには書ききれなかった程、山形のオススメスポットや、好きな所、楽しみ方をお伺いしました。私の住んでいるアパートのそばにある温泉の名前が奥山さんから出てきたときはびっくり!
紅花の話や、私たちが山形で普段目にしているものが、山形の誇りだという事にあらためて気付かされました。まさに、山形での生活を自ら楽しんでいる奥山さんでした!
5○では、これから私たち目線での山形楽しみ方を提案していきます。
ぜひみなさんも、山形での生活を楽しんでください。

櫻井眞

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