【朝日町】『Iターン』で知った「もう一人の自分」の話【デザイナー・遠藤大輔さん】

ご無沙汰しております、波部です。

7月もすでに半分が過ぎ、セミの声が聞こえてきましたね。
山形ではヒグラシの初鳴が平年より8日早く観測されました。

田舎の夏、夕暮れに響くヒグラシの声は忙しく過ぎる日々のスピードを落としてくれるように感じます。
そんなゆったりとした場所を求め、山形へ移住してこられる方も多くいらっしゃいます。

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宮城県仙台市出身のデザイナー・遠藤 大輔(えんどう だいすけ)さんは5年前に朝日町に移住してこられた、いわゆる Iターン移住者のお一人です。現在はフリーランスとしてお仕事をされています。今回、遠藤さんにインタビューさせていただく機会があったので、ご紹介いたします。

 

 

Q. 朝日町を知ったきっかけは?

A. たまたまです。独立して田舎暮らしを始めようと思っていた時、山形県が力を入れていた朝日町の空き家バンクで家を見つけたのがきっかけでした。もとは宮城県と福島県の県境にある丸森町に住む予定だったのですが、震災の影響を受け断念しました。

 

Q. 移住の目的は?

A. デザイン会社は本当に過酷な労働を強いられるので、それを15、6年続けていると疲労がたまり、人間関係もうまくいかず人間不信にまで陥ってしまったんです。三度の転職の末に友人が経営する会社に勤めましたが、同時に田舎で暮らしたい願望が強まり移住を決めました。

 

Q. 朝日町と比べると、ほかの場所はどうか?

A. 空き家はたくさんあるはずなのに貸してくれるところがないので、家を探すのが大変でした。家さえ見つかればなんとかなるのではと考えていました。

 

Q. 移住を始めてからも、前に勤めた会社のクライアントとは仕事をしているか?

A. 前のクライアントとは仙台と東京の仕事をしていましたが、三年目ごろに仙台の仕事は無くなり諦めかけていたところ、朝日町の方々から少しずつ仕事の依頼の話が来るようになっていきました。
そこから口づてで広まり、今では仕事の7、8割が山形県内からの依頼となっていますね。

 

Q. もともと持っていたスキルで、朝日町に来てから発揮されるようになったことは?

A. 朝日町にデザイナーがいなかったこともあり、仕事のスキルが活きていると感じます。田舎暮らしをすると時間ができるのかと思っていましたがそんなことはなく、地元の方々とのお付き合いや仕事が順調にできているので、趣味よりも仕事に時間を使っています。これは新しい観点だと思いますが、フリーランスで活動するなら、仙台などで仕事を探すよりも地方のほうがもしかしたらすごいチャンスがあるかもしれないです。朝日町役場からお仕事が頂くことも多いですが、これは都会では考えられないすごいことだと思います。

 

Q. フリーランスのため、全部自分でやる覚悟が必要では?

A. 不安はありますがストレスがないので、やってみるとフリーの方が僕には合っているなと思います。

 

Q. 朝日町の方々との交流は広がったか?

A. 人と知り合うと次々に知り合っていきましたね。これは独立してから学んだことです。仙台では人間不信にまで陥りましたが、付き合ううちに人と接するのが楽しくなりました。人を好きになると、例えば少しクセのある性格の人がいたとしても「個性」として受け入れられるようになったんです。会社員時代の自分と今の自分は全く違っていて、考え方ひとつで人間関係は変わるということに気付きました。同じ集落の方がご好意で僕の家の前に野菜を届けてくださったこともあったりして。でも匿名だったので誰に頂いたか分からないんですけどね。

 

Q. 朝日町で、もっと仕事の幅が広げるためにはどういう人材がいたら良いと思うか?

A. デザイン力の高いスタッフ、あとは素直な人ですね。

 

 

Q. 移住しての感想は?

A. 移住して得たのは感情の変化です。以前は一つのところに長居できなかったのですが、今は他に行きたいと思う場所がなくなりました。そう思うようになったのは、やはり人とつながったことが大きいです。移住して良かったと思っています。

 

Q. 最後に、遠藤さんの夢は?

A. この町に雇用を作ることです。それがデザインだけでなく、雑穀や飲食(レストラン等)なども考えています。シルバー層の方々が元気なので、ぜひ実現させたいですね。

 

 

インタビューは以上になります。
自分の胸に秘めている「やりたいこと」がもし具体的でなくても、地方に来ると可能にできるというのが
地方移住の良いところだと思います。

頭にしまっておくだけでは夢は叶いません。
移住に興味のある方は、まず朝日町のことを調べてみてはいかがでしょうか?

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